深夜だった。
薄暗い部屋の中では、パイプベッドがきしむ音と、くぐもった若い女の声だけがが響いている。
麻里の脚の間に男が分け入り、そこに激しく腰をぶつけていた。
無理矢理こじ開けられた体の痛みに耐えて、のどからこぼれそうになるうめき声を、手で覆い押しとどめていた。
「ちくしょうっ!」
男が言い放つ。
身体をゆさぶられながら、パジャマの上がたくし上げられた。
ブラジャーを強引にずり上げる。
あらわになった乳房がまるでむしり取られるかのように掴まれた。
「ちくしょうつ! レイコのやつ、ちくしょうっ!」
男が麻里の部屋のドアを叩いたのは、ほんの五分前のことだ。
深夜の一時をまわっていた。
ドアを開けるやいなや、麻里の手を引っ張り、ベッドに押し倒したのだ。
男はすぐさま自分で下半身だけ裸になると、麻里に覆い被さり、パジャマの下とショーツを同時にはぎ取った。
そして、今まで眠っていた麻里の体を強引に広げ、押し入ってきた。
あっと言う間のことだったが、男のものはすでに充分な硬さと熱を帯びていた。
麻里は最初、痛みに短い悲鳴を上げたが、後悔した。
拒絶していると思われたくなかったからだ。
男が最後にここに来たのは一ヶ月も前だ。
気分屋だ。一度来たらあとまたいつ来るか、わからない。
怒らせたくなかった。
徐々に痛みが薄れてきている。
体が男の動きに馴染んできたようだった。
「どうしたの? 俊介……」
激しく自分を揺さぶる男の頭を、両腕でやさしく包み込むようにして抱くと、耳元に向かってささやいた。
男は腰の動きを止め、また声を荒げる。
「レイコに男がいやがったんだ! 信じられねえ。あいつの部屋に行ったら、あいつは裸で、男の上にまたがってたんだぞ!」
男の視線は麻里を向いていたが、そこに麻里は映っていないようだった。
そのときの場面を、頭の中で再生しているように見えた。
「ちくしょうっ! あいつ、あえいでいやがった。信じらんねぇ……レイコは……あいつはこの前、男は俺しかいないって言ったんだぞ? なあ? 私にはあんたしかしないって……なのに……なのに……ちくしょう!」
また激しく麻里をゆさぶり始める。
そんなことが……。
このひとはいつも偉ぶって強がって見せているが、本当は繊細で傷つきやすいひと……。
私は知ってる……。
「俊介には私がついているから、安心して……」
「ちくしょう! ぜってい許さねえ! 女なんて、金輪際信用できねえ! お前も、俺のいないときに男を連れ込んで、あんあん、やってんだろ? あ?」
麻里を突き上げる一回一回が力を増してきている。
小さなパイプベッドがぎしぎしと大きく揺れる。
「おらぁ! お前もだろ? おらぁ!」
麻里は首を何度も横に振った。
そして、男の頬をやさしく両手で押さえると言った。
「私は……私は、俊介だけよ。ほんとうよ……」
「ふん、女なんてみんな、おんなじだ!」
「あっ、お願い信じて、私には俊介しかいないの……あっ、俊介だけがいれば、それでいいの、あんっ、俊介がいたら何もいらない……」
突き上げられるたびに言葉が途切れる。
男の怒りを含む力が、麻里の脚の間を突く。
その勢いで、麻里は徐々に頭の方へずり上がる。
「私には、俊介しかいないの……信じて……」
「ああ……」
「あっ、俊介……俊介のしたいようにして……はっ、俊介にならどうされてもいい……あっ、して……もっと……」
「ああ、わかった……やっぱり、お前が一番だよ……」
麻里は目を見開いた。
「ほんと?」
「ああ」
「もう一回言って! ねえ、もう一回言って!」
「うるせいよ! だまってやられてろ!」
男はそう言い放つと、顔をしかめた。
「やべ、イキそうだ……したいようようにしていいんだな? 出すぞ、いいな?」
男はこのまま中でいこうとしていた。
麻里は一瞬拒絶しようとしたが、その言葉を飲み込んだ。
安全な日ではなかったが、今ここで拒否したら、また嫌われると思ったのだ。
「う、うん、いいよ……」
麻里は男がその言葉を聞いて、ふっと笑ったように見えた。
男がキスをしてきた。
「なあ? 俺が一番だろ?」
見つめながら問いかけてきた。
なおも突き上げる。
「あっ、うん、俊介が一番だよ」
「そうだろ? 俺とやれてうれしいよな?」
「うん、あんっ、う、うれしい」
「俺を振る女なんて、最低だよな?」
「うん、あっ、俊介を振るそんな女、あんっ、さ、最低……」
「そうだよな?」
麻里は何度もうなずいた。
「うん、私には俊介しかいないの……だから、おねがい、もう……どこにも……」
そのときだった。
「はううっ! イクっ!」
男はその言葉を最後に、麻里を思い切り数回突き上げると、動きを止めた。
麻里の中で男のものが脈動する。
「ああっ……」
麻里は、口を半開きにして快感を味わう男の顔を見つめた。
ああ……このひとだけが私を必要としてくれる……。
うれしい……。
私が初めてのとき、このひとは何度も私の体をほめてくれた。
あんなにほめられたのは、生まれて初めてだった。
その言葉が今でも忘れられない。
その言葉を聞きことができるなら、どんなことをされても構わない。
麻里の中で男の微動が終わった。
男が体を預けてきた。
麻里は男の頭を愛おしそうに撫でた。
「気持ち良かった? 俊介……」
男が顔を上げた。
「はあぁ……はあぁ……今の、すげえ良かったぜ……」
そう言ってまた唇を押し付けてきた。
「ほんとう?」
「ああ」
「私が一番いい?」
それに答えず、思い付いたように言った。
「あ、そうだ! 俺、今度、ここ住むわ」
「え、ほんとう?」
「嫌か?」
「うんん、うれしい!」
「あいつのことなんか、こっちから振ってやるぜ」
麻里は男の首に抱きついた。
やっと……やっと、念願が叶う……。
俊介はもう、どこにも行かない。
毎日ここにいてくれる。
麻里の目に、かすかに涙がにじんでくる。
「ねえ、俊介?」
「なんだ?」
「私のこと……愛してる?」
そのときだった。
どこかで携帯の着信メロディーが流れ始めた。
それは数秒で終わった。
男は急いで立ち上がると、脱ぎ捨てたジーンズのポケットから携帯を取り出した。
のぞき込む。
ふっと笑った。
「ははっ! バカな女だぜ、まったく……『ごめんなさい、私、どうかしてた。私にはやっぱりあなたしかいないの、お願い帰ってきて』だって、自分からワビ入れてきたぜ、しょうがねえな、まったく……」
男は笑みを浮かべながら、服を着始めた。
「ほらみろ、俺じゃなくちゃ、あいつを満足させられるわけがねえよ……」
靴下を履き終え、立ち上がると麻里の方を見た。
「ちょっと、行ってくらあ……おい、こっち来いよ」
麻里は立ち上がり、裸のまま男に近づいた。
男は麻里を抱き寄せると、その耳元でささやいた。
「お前……無理やりするといいな……さっきのキツくてレイコのより良かったぜ」
顔を離し、微笑んだ。
麻里の瞳が見開いた。
「ほんと?」
「ああ……またくらあ……男なんか連れ込んだら承知しねえからな……」
何度もうなずく。
「うん! うん! 待ってる、俊介……私、ひとりで待ってる……」
男は手を上げ、ドアの外に消えて言った。
俊介はまた来てくれると言ってくれた……。
それに、それに……ほかの女より私のが方がいいとほめてくれた……。
レイコのより良かったぜ……。
麻里はその男の言葉を、心の中で何度も繰り返した。
自然に顔がほころんできた。
完
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