朝、起きると、今日モモちゃんがうちに来るの思い出した。
モモちゃんは春から通ってる調理師の専門学校で仲良くなった子。
今日はモモちゃんとうちで、母の日の為の趣味と実益を兼ねたケーキを作る約束だった。
ケーキが出来たらママにもって行く予定。
もう9時過ぎてた。
約束は10時だ。
1階に下りてった。
リビングでパパがジャージ姿で新聞読んでた。
あたしに気づいて「おはよう」といつも通り明るく声を掛けてきた。
でも、昨日のパパの姿が浮かんできて、目を合わせられず「う、うん……」とか言って通り過ぎた。
「なんだ今日は機嫌が悪いのか? あの日か?」
ってノーテンキなことをホザいたので、アナタがイタイケな乙女の心をもてあそんだんだよ、お陰でこっちはなんかモヤモヤして、傷ついて、でも変な気持ちになって、寝不足なんだから、って言いたかったけど、我慢してシャワーを浴びに行った。
化粧して、身支度を整え終わったころにモモちゃんが来た。
気を取り直してパパにモモちゃんを紹介。
「同じクラスの桃香ちゃん。これからここでケーキ作りするの。こっちはあたしのパパ。離婚ホヤホヤ。以上」
「やあ、いらっしゃい。ゆっくりして言ってね。桃香ちゃん、ちっちゃくてかわいいねえ。」
よくもまあ、臆面もなく、そんなことが言えるもんだ。
このスケベオヤジが……。
モモちゃん、150センチあるかないか。
顔も童顔。
でもあたしより1っこ上。
あまり化粧もしないし、下手すると高校生でも通用する。
てか、中学生にも見えなくもない……。
でも、根はしっかりした子なんだ。
こないだ二人で街を歩いてたときナンパされたんだけど、あたしオドオドしてたのに、モモちゃんしつこいチャラ男二人にキッパリと
「迷惑だから止めてください!」
って言った。
そのときの、モモちゃんの相手をにらみつけた目力が、今も忘れられない。
普段は口数が少なくて、大人しい……けど、けっこう、やるときにはやる子なんです……。
でもそのギャップに惹かれる。
学校はギャル系が多いかな。
でも、あたしダメなんだああゆうの。
モモちゃん、地味でクラスでもちょっと浮いてた。
でも、授業のときのメモ取るときの横顔が真剣で「私絶対調理師になる!」ってオーラ出してた。
あたしもそのつもりだったから、あたしからモモちゃんに話し掛けたんだ。
それから、仲良くなった。
ボウルの中のタマゴの白身をかき混ぜながら、モモちゃんうつむき加減であたしに言う。
「ナナちゃんのお父さん、若くてカッコいいね……いいな、うらやましい……」
モモちゃんね、結構辛い過去おくってんだよ。
実はモモちゃんのお父さん、モモちゃんが小さいときに事故かなんかで亡くなってた。
そのせいかもしれない……そんなこと思うの。
「えっ、そんなことないよ。もうオヤジだよ」
あたし、少しおどけてみせた。
「いいな……」
モモちゃん手を止め、またポツリと。
えっ、忘れかけてたお父さんの存在、思い出させちゃった?
ヤバイ、なんか取り繕わないと。
あたし、さらにおどけて
「あ、そうだ、モモちゃん、あんなオヤジでよかったらいつでも貸すから……」
モモちゃん急に顔を上げ
「ほんと?」
え? 目を輝かせ、すごい喜んでる顔です。
ん? モモちゃん? 冗談だと思ったよね?
「ホント、ホント……いつでも言って」
ま、いいか。
「うん! ありがとナナちゃん!」
モモちゃん、シャカシャカとものすごい勢いでボウルの中をかき混ぜます。
うつむいたモモちゃんの頬が、心なしか赤い……。
え、なんか反応が、思ってるのと違うんですけど……。
ま、いいか……喜んでるし。
それからモモちゃんは、積極的にあたしの家に遊びに来るようになった。
ある土曜日、モモちゃんと夕食をあたしの家で一緒に食べる約束してたんだ。
あたしファミレスでバイトしてるんだけど、その日は午後3時でバイト終わるつもりなのが、なぜかお客さんが引かなくて、店長から1時間だけ延長してくれって、言われて約束の時間より大分遅れて家に帰ったら、玄関前にモモちゃんの原チャリあった。
えー! ヤバイ!
もしかしてパパと二人きり?
急いでうちに入ってリビング覗くと、パパ、風呂上りなのかタオル首に巻いて、リビングのソファに座って缶ビール飲みながらのんびり野球中継観てる。
モモちゃんはというと……リビングの奥のキッチンでエプロン姿で料理作ってた。
パパのテーブルの上にはお皿があって、そこにはレタスと生ハムとチーズのスライス載ってる。
これ、パパが作ったんじゃないよね?
作れるわけない。
キッチンから漂う美味しそうな匂い。
ここ、わたしんちだよね?
離婚ホヤホヤの、殺伐とした家庭のはずだよね?
なに?この状況?
これってあたし、「ただいま~、お腹ペコペコ~、ママ、ゴハンまだ~?」
って言わなきゃならないシチュエーション?
でも気を取り直し、一応普通に「ただいま~」と声を掛ける。
「あ、ナナちゃんお帰り~」
「おう、お帰り」
二人して言う。
「モモちゃんごめんね、遅くなって、今手伝うから」
「ううん、大丈夫。ナナちゃん座って待ってていいよ。もう少しで出来上がるから。冷蔵庫にワインもあるよ。」
うん、ありがとうママ、って言ってしまいそうなのをこらえた。
夕食はモモちゃんの手料理を囲み、久し振りにアットホームな雰囲気。
会話も弾む。
パパ、モモちゃんに、あたしが知らない昔のロックバンドの話をしています。
モモちゃん、うなずいて熱心に聴いてます。
モモちゃん、パパにビール注ぎます。
パパがビールを飲み干すのを最後まで目を細めてみています。
「モモちゃんなら、いいお嫁さんになるなあ、絶対!」
パパ、またモモちゃんにビールを注がれながら嬉しそうに言います。
あのー、アナタのかわいい娘さんにはそう思わないんですか?
このエロオヤジ!
「モモちゃん、無理にパパの話聞かなくていいよ。つまんないでしょ?」
「ううん。面白いよ」
「うちの菜々美は全然パパの話聴いてくれないんだよ。パパ寂しくて……」
パパ、腕を目に当て、泣いてるジャスチャー。
アホか。
「あの……ナナちゃんのお父さんの名前はなんていうんですか?」
パパ、腕を顔から下ろすと、急に真顔になって、目線斜め下で、うつむきながらボソッと言う。
「ヒロシです……」
あちゃー、やっちゃったよ。
パパの唯一の一発ギャグ。
実際、ヒロシだからしょうがないけど……。
モモちゃん、大笑い。
モモちゃんホントに楽しそう……。
パパも……。
でもなんかムッとしてる自分がいる。
「モモちゃん、パパ、もう酔っ払っているから上、行こう」
「う、うん……」
躊躇しているモモちゃんの手を取り、あたしの部屋に連れて来た。
モモちゃんを座らせあたしも真顔で言った。
「モモちゃん、パパね、モモちゃんが思ってるような大人じゃないから……ママから離婚されたし……女に飢えてるから危ないよ……」
あたしなんでこんなこと言ってるんだろう……?
「この間なんか、パソコンでエッチなビデオ観ながら、オ……オ、オナニーしてたんだから」
なんで、あたし、パパを辱めるようなことを言うんだろう……?
「エッチなんだから、変態なんだから、やめといた方がいいよ」
パパのしているところを見て、自分もムラムラして、してしまったけど、それはここでは関係ないから置いといて……。
モモちゃんは……両手を口に当て、なんか思いつめたような顔してた。
ん? なんかまた期待してた反応と違う……。
うつむきながら、なんかつぶやいてる。
今、モモちゃん、「かわいそう……」って言った?
つづく……。
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