彼の住んでいるところはわかっていた。
彼は私には話さないけれど、この前二人でドライブに行ったとき、こっそりカーナビの『自宅』のボタンを押してみた。
彼は自宅を登録していた。
日曜日の朝。
彼は今日は家にはいない。
昨日の夜「明日は接待ゴルフなんだ」と言っていた。
電車を乗り継いで来た。
駅からは歩いた。
地図と記憶を頼りに。
初夏の日差しが肌を刺した。
日傘をもってくれば良かったと後悔した。
静かな住宅地の坂道を登る。
ここら辺のはずだ。
庭付きの大きな家ばかりが道路の両脇に並んでいる。
表札を一軒一軒見て歩く。
息が切れた。
汗を拭う。
足が止まった。
心臓がどくんと鳴る。
あった……。
彼の苗字。
大きな白い壁の家。
首の高さほどの生け垣に囲まれている。
中から、きゃ、きゃ、と子どもの笑い声がする。
とっさに頭を低くした。
そのままの姿勢で中をのぞき込んだ。
緑が色濃く良く手入れしてある芝生の庭だ。
小さな女の子だった。
耳の長い子犬が、彼女を追い回している。
その後ろ、ウッドデッキにそのひとがいた。
白い半袖のゆったりとしたワンピースを着ていた。
後ろにゆるく束ねた長い黒髪。
体の線が細く、きれいなひとだ。
私より大分年上に見える。
はしゃぐ女の子を見ては時折微笑む、そして手を振る。
誠実そうに見えた。
だまされることはあっても、だますことはないような女性に見えた。
屈んで籠から洗濯物を取り出す。
広げる。
白いワイシャツ。
彼のワイシャツ。
襟をのぞく。
胸の辺りに鼻を近づける。
ハンガーに掛け、物干し竿を見上げる。
白い半袖から、細くきれいな腕が空に伸ばされた。
彼女の白いワンピース。
彼の白いワイシャツ。
真っ青な空に映えた。
私は指が生垣の葉を握りしめた。
彼女の半袖の奥の脇の下がのぞく。
きれいな脇の下だった。
どれだけの手入れをすれば、ああなるのか分かる。
彼女がしゃがんだ。
手を広げ女の子を呼ぶ。
スカートの奥にショーツが見えた。
真っ白いショーツ。
昨日の彼を思い出す。
まだ体の中に彼が残ってる。
そして……。
私はお腹を包むように抱いた。
女の子が彼女に抱きつく。
頬を寄せ合い笑い合う。
女の子が彼女のお腹に耳を当てる。
そして、顔を上げ彼女を見つめる。
また微笑み合う。
彼女はお腹を包むように抱いた。
息が止まった。
脚に力が入らない。
手が生垣をこすりながら、ゆっくりと下に滑っていく。
そう……。
あなたは愛してはいけないひとじゃなく……決して愛してはくれないひと……。
お腹を見つめ、撫でた。
空を見上げた。
澄み切った青い空。
心が決まる。
愛し続ける勇気を、私は……それでも……捨てない。
私はゆっくりと立ち上がった。
そして、生垣の中の二人に軽く手を挙げた。
「今日はいいお天気ですね!」
完
※今井美樹の曲『半袖』をモチーフにして作りました。
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