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初夏だった。
彼女と付き合い始めて一ヶ月が過ぎようとしていた。
私たちは会社帰りに、いつもの通り、いつもの場所で落ち合うと、いつもの通り、人けのない、舗装もされていない、山道を車で昇って行った。
ここ二週間ぐらいで、私は車の中で彼女に愛撫できるような仲まで進展していた。
でも、それから先へは進めないでいた。
そのタイミングがつかめないでいたのだ。
彼女とひとつになるその時は、何か特別な日にしたかったのだ。
そして、その時は時間を掛けて愛し合いたいと思っていた。
その日をいつにするか、決めかねていたのだ。
だからその日も、いままでと同じような日のはずだった。
その山道から更に細い脇道に入る。
この道は初めてだった。
急な上り坂にる。
しばらく行くと行き止まりになり、何度か切り返した後、車の鼻先を今着た方向に戻した。
車を停めた。
運転席側は雑木林、反対側は崖になっていた。
崖の方向に満月が低く顔を出していた。
大きかった。
明るかった。
本も読めるだろうと思った。
彼女もその月を見ていた。
その彼女を無言で抱き寄せる。
「あっ……」とだけ声を出す。
唇を重ねる。
頬に手を当て、舌を差し込む。
彼女が応える。
掌を胸のふくらみに移す。
親指だけでその頂点をなぞる。
彼女がわずかに身をよじる。
指のすべてで強く握る。
そのスピードを速める。
首筋を舐める。
強く抱きしめる。
彼女が身もだえ、喘ぐ。
上の服の裾から中に手を入れ、ブラジャーの上から同じことする。
もう片方の手で、後ろのホックを外す。
ブラが解かれる。
今度は彼女の素肌の胸に同じことをする。
それが済むと、服をたくし上げ、今まで手を使って愛撫していたところを今度は口を使ってする。
代りに手は次の場所に向かう。
彼女のスカートの脚の間に潜り込ませる。
そして、上と同じことを今度は下でする。
今まで何度となく繰り返した同じ手順だ。
しかし、彼女は、私のものに服の上からも触れたことはないし、もちろん見たこともなかった。
いつも私が彼女を愛撫し、彼女を淫らな格好にし、それで逢瀬が終わる。
特別な日のために出し惜しみをしていたのだ。
最後の段階に入った。
助手席のシートを目いっぱい後ろに引き、そして倒す。
彼女は、上の服とブラジャーは胸の上まで捲り上げられ、下はほぼ裸だった。
ショーツだけが片方の膝に丸まって引っかかっていた。
シートの前にしゃがみ込み、両手で彼女の脚をM字型に押し開く。
明るかった。
満月の光が、影のないように彼女の部分を照らしている。
私はすぐに口を付けなかった。
そこを見つめていた。
彼女が初めて言葉を発した。
「いやっ……明るいわ……こんなに……」
彼女もそこをのぞき込んでいた。
知っている。
彼女は自分の言葉で、自分の羞恥心を駆り立てている。
私はそれに油を注ぐ。
「うん……すごい……よく見える……きれいだよ……エリ……」
「いやっ……そんなこと……」
「見て、ほら」
彼女の液体をたたえた部分さえもが、光を反射していた。
唇にキスをするように、そこに、口を押し当てた。
顔を上げて見つめる。
「すごい、きれいだよ」
またキスをし、そのあと通常のキスのように、舌を差し込む。
もちろん彼女の中はそれに応えるすべはないが、代わりに彼女の本当の口が応える。
「ああ、いやっ……明るい……明るいわ……いやらしいわ……」
私は舌を尖らせ、奥にねじ入れ、顔を左右に何度も傾げる。
唇の粘膜、彼女の粘膜、そして粘液同士が混じり合い、そこの部分だけ一体化したように思えた。
息継ぎをしながら幾度となく吸いつく。
音を出す。
「ああっ、そんなことっ……ああ……もっと……」
「もっと」と聞こえた。
確かに言った。
私は口を離した。
彼女は今まで、自分から何かの行為を私に求めたことはなかった。
普通の時も言動はいつも控えめだった。
私は彼女を見上げた。
彼女は目をつむり、眉を寄せ、口を半開きにしていた。
「もっと……なに?」
彼女は目をつむったまま答えた。
「もっと……奥に……欲しい……」
私はためらわずに、スラックスのベルトに手をかけた。
上半身を屈めたままの窮屈な体勢で、脱いだ。
膝まで下ろす。
下着もだ。
私のものは、もうすでに十分すぎるほどの硬度になっていた。
彼女に覆い被さる。
動きづらい。
脚を広げられなくて姿勢が安定しない。
片脚だけ脱いだ。
もう一度のしかかる。
しかし、今度は彼女の腰が、シートの折り目、可動部分に収まっていて、腰を退いている形になっている。
挿入できなかった。
私は彼女に言った。
「後ろ向きになって」
彼女はうつ伏せになり、シートの上に膝をつく。
私の前にお尻が突き出された。
彼女の腰をつかみ、引き、もっと低い位置にした。
自分の硬く上を向いたものに手を添え、彼女の入り口を探る。
濡れた深い切れ込みを見つけると、そこに先端を押し込んだ。
「はうんっ……」
彼女が一度仰け反り、すぐ下を向く。
私はゆっくりと腰を突き出した。
中はすごい抵抗だ。
これが彼女の中なのか……?
行きつ戻りつを繰り返しながら、その抵抗の中を徐々に進む。
彼女があえぎながら、首を何度も縦に横に揺らす。
根元までやっと入った。
ほら、望み通り奥まで入れてあげたよ……。
「はああっ……」
そこからゆっくりと抽送を始める。
「はあっ……ああっ……ううんっ……」
私の動きに合わせ、彼女から声が漏れる。
その日は不意に訪れたのだ。
今日は、その日のつもりではなかった。
特別な日ではなかった。
なぜこうなったのか?
わからない。
ただ、今まで彼女が口にしたことがない私への望みを、叶えてやりたいと思っただけだった。
私は思いがけない展開に戸惑いながらも動き続けた。
「はあぁぁ……気持ちいい……」
吐息と一緒に声を出す。
彼女は「気持ちいい」と何度も繰り返す。
彼女は羞恥心から得る精神的快感より、肉体的に直接与えられる快感を選んだのだ。
女性は心を許せる相手を見つけると、自分の欲求に貪欲なる……。
明るかった。
彼女の肛門まではっきりと見えた。
月は高くなり、小さくなった。
しかし、周りを照らす威力は衰えなかった。
このまま私も快楽に身をゆだねたかったが、時間が気になっていた。
もうそろそろ帰らねばならない時間のはずだった。
いつもより遅くなっている。
二人とも家族に嘘をついてここにきている。
「来て……」
彼女が喘ぎながら言う。
「中に来て……」
「いいの……?」
訊ねた。
「うん、今日は大丈夫……だから……お願い……中に来て」
「わかった……」
私はうなずくとスピードを上げた。
今日はそんな兆候は微塵もなかった。
今日は普通に車の中で彼女を愛撫し、普通に帰るつもりだった。
彼女が私の動きとは逆に前後に動く。
接点が強くぶつかる。
深く入る。
下腹部から込み上げてくる。
「いくよ……」
「うん、来て……」
お尻の脇を強く握り、私は放った。
戸惑いの中、快感が襲う。
お尻の皮膚に私の指先がめり込む。
彼女が膝を折り、ヘたり込む。
後ろから寄り添い、髪をかき上げ耳元につぶやいた。
「もう帰らないと……」
彼女は無言でうなずいた。
服を着、来るときよりも明るい山の夜道を戻った。
彼女は手鏡と口紅を持ち、少しだけ化粧を直す。
待ち合わせ場所の公園の駐車場に着いた。
彼女の車の横に車を停める。
別れのキスをする。
彼女が上目遣いでつぶやく。
「また……して……」
彼女の今日二度目の要求だった。
私は微笑んで、うなずいた。
彼女が名残惜しそうに自分の車に乗る。
いつも私が最初に車を発進させる。
人を見送るという行為が、なぜか嫌だからだ。
運転しながら手の甲で口を拭った。
月の明かりに手の甲が赤くなっているのがわかった。
恋も人生も、ほんの些細なきっかけで変わるものだと思った。
特別な日は突然訪れる。
でもそれが特別だったと分かるのは、後でからの方が多い。
その日が、その年に一度あるスーパームーンの日だとわかったのは、彼女と別れて半年がたった初夏の満月の日だった。
満月は人の心を狂わす……。
その通りだったのかもしれない。

2016/03/19(土) 17:14 短編小説 PERMALINK COM(0)
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