目を開けた。
カーテンの隙間から差し込む朝の光が、フローリングの床にひとすじの線を浮かび上がらせている。
一人暮らしのワンルームの部屋。
いつもと変わらぬ私の小さな部屋。
6月の日曜の朝。
脱いだままの状態で床の上に散らかった私の服。
二人がけのソファには、広げたままの雑誌。
そこは“ウェディングドレス特集”のページ。
そして、あなたの脱いだワイシャツ、ネクタイ。
私の下着。
あなたの下着。
いつもの私の部屋だけど、いつもとは違う日曜の朝。
背中にあなたの体温を感じる。
小さなベッドの中は、あなたの匂いに包まれている。
昨日の夜は、あなたは何度も私の中に放ったから。
たぶんシーツはシミになってる。
でも嫌じゃない。
あなたと私が一晩中愛し合った証だもの。
そっと、あなたの方に寝返りをうつ。
初めて見る、あなたの寝顔。
あなたの寝息。
無精ひげ。
無防備な姿。
そのヒゲをそっとなぞる。
チクチクと痛い。
ヒゲってこんなにかたいんだ……。
昨日の夜、あなたの顔が、私の脚の間にあった時のことを思い出した。
今したら、痛いのかな……。
そんなことをチラッと思ったりした。
まだ私の体に残る、あなたのたくましい感触。
おなかの辺りがきゅんっとした。
あ、そうだ……。
ちょっと恥ずかしいけどしてみよう……。
あなたの顔を眺めながら、布団の中に手を滑り込ませる。
あなたのものに触れてみた。
昨日の夜、私の中を激しく突き、私を昇らせ、私の中で何度も力強く脈打ったあなたのもの。
すごい……。
今は、こんなにも柔らかい。
すこし冷たい。
指の中に包む。
あんなに熱くて、強く握っても潰れなかったものが、今は私の手の中で、私がおもうままに変形する。
かわいい……。
男のひとのって、こんなにも変わるんだ。
不思議……。
そして愛おしい……。
柔らかく握る。
手のひらの中で揉む。
あなたが、少し眉をひそめ、ちょっと、うめく……。
起きて、私の、あなた……。
早く、変身して見せて……
自分で言って、クスッと笑ってしまう。
キスをする。
目を開けるあなた。
見つめ合う。
キスを返してくれた。
二人でクスッと笑い合う。
私は彼をさする手に力を込めた。
彼が一瞬目を開き、そして微笑んだ。
わかってくれた。
私に覆いかぶさってくれた。
うれしくて、自然と笑みが出る。
彼の首に手を回す。
唇を押し当ててくる。
柔らかく大きな舌が私の中で動く。
ああ……。
脱力する。
彼に身をゆだねる。
目をつぶった。
何度こんな朝を夢見たの……。
今日やっと夢が叶った。
あなたと付き合い始めて半年。
初めてのあなたとの朝。
舌を絡めながら、乳房を揉んできた。
徐々に力がこもる。
ああ、彼が変身し始めた。
私と彼の体の間に熱く、かたい感触が生まれた。
すごいっ……。
さっきは冷たくて、柔らかだったのに。
今はもう、こんなに……。
これは、私のため。
私だから、あなたは変身してくれる。
こんな風にいつも求められたい。
あなたが近くにいて、あなたの求めにすぐ応じられる。
なんて幸せなんだろう。
こんな日が毎日続けばいい。
二人とも、もうそんな若くない。
あなたは35才、私はもう29才。
来年は30才……。
信じられない。
不安……。
今からあなた以外のひとなんて考えられない。
あなたは今どう思っているの?
わざと、雑誌の"ウェディングドレス特集"のページを開いて置いた。
あなたはそれに気づかなかった。
気づいていたけど、何も言わなかったのかな……。
ああ、あなとずっとこうしていたい。
一緒に暮らしたい!
私の気持ち、気づいて欲しかった。
あなたのが、痛いくらいに私のお腹を押す。
あなたのが、また私の中に入ってくるのね。
その期待感で、既に私の体も変化し始めた。
あなたが私の両脇に手をついたのがわかった。
硬いものが、私の脚の間に移動する。
私は脚を開く。
あなたの丸くとがった先が、私の扉をノックする。
あなたはもう、手を添えなくても私の扉の位置がわかる。
うれしい。
私はあなたのもの。
あなたは私のもの。
もういいかい?
そう訊きながら扉の合わせ目をつついてるみたい。
「どうしたんだい? もう、すごく濡れてるよ……」
あなたが耳元で意地悪なことを言う。
「もうっ……」
恥ずかしがって見せた。
でも、恥ずかしくはなかった。
わかって……初めての二人の朝なんだもの……こんな日をどれくらい待ち望んでいたか……。
待ちきれなかった……。
わかって!
あなたが欲しくて欲しくてたまらないの。
こんな毎日が続けばいい。
あなたのノックで、扉の合わせ目が難なく開いた。
あなたの先の太いところが通る。
その次に、少し抵抗を受けながら、あなたの長いシャフトが入ってくる。
ああ、来る!
徐々に抵抗がなくなる。
私の体があなたを無条件で迎え入れる。
押し広げながら奥に進んでくる。
昨日の余韻にリアルなものが被さり、イメージが現実になる。
あなたの下半身が私にぴったりくっ付く。
あなたのものが全部入った証拠。
「樹里の中、すごい熱い……」
うそ、熱いのはあなたの方よ。
あなたの熱くかたいものが、私の中いっぱいに納まる。
すごい重圧感。
そして充足感。
あなたはもう激しく動き始めた。
どうしたの?
少し目を開けた。
もうあなたは私を見ていない。
顔をしかめ、もうイクときの勢いみたい。
夜は愛を確かめるために……。
朝はその確かめた愛で、お互いのわがままを試し合う……。
私はあなたが私の中にいる朝が欲しかった。
だからあなたのものを握った。
あなたはそれを許してくれた。
それが、わたしのわがまま。
そして、あなたのわがままは?
自分本位な快楽の追求?
私に促された今のあなたは快楽をむさぼる獣みたい。
でも、それがあなたのわがままなのね?
いいわ……。
すごくいい。
あなたのわがままを見せて。
私だからあなたを許せる。
私だからでしょ?
私だけでしょう?
あなたがそんなことをするのは。
イクだけのあなたの姿を見せて。
私のことは考えなくてもいい。
あなたがいきなり私の両手首を掴み、枕元に上げる。
バンザイのような形になる。
上半身が動けなくなる。
ああっ、なに!?
あなたに、こんなことされるの初めて。
あなたはそうやって私の手首を固定して、唇を押し付けてきた。
舌がねじり込むように入ってくる。
これが、朝のあなた?
昨日の夜と違う。
愛を確かめ合ったから、これが、あなたのわががままなやり方なのね?
私を腕と唇とでベッドに張り付けて、腰だけを激しく打ち付けてくる。
唇を離して言う。
「ほらっ、もっと脚を広げろよ!」
こんな言い方も初めて。
私は従った。
脚を大きく開く。
「もっと!」
これ以上開けないくらい開いた。
その開いた場所にあなたが腰をズンズンと落とす。
「ああ、イク……」
あなたが微かにつぶやく。
私に「気持ちいい?」とかも聞かない。
愛の言葉もつぶやかない。
ただ激しく、私を固定して、イこうとしている。
いいよ、イって!
あなただけイっていいよ。
あなたのイキたいようにイって。
思う存分出して。
自分本位なイキ方を見せて。
あなたのわがまま聞いてあげる。
私だけに向けるわがまま。
ああ、硬くなってきた
イクのね?
あなたの苦しそうな顔。
強く閉じられる目。
うつむくあなた。
ラストスパート。
ああ、来る!
わかる、わかる!
ああっ!
最後の大きな一突き。
いつもは「イクよ、イクよ」と私に告げたのに、今あなたは何も言わず動きを止める。
その代わりに、私の中のあなたが動き始める。
ドクン、ドクン、ドクン、と、力強く、中から私のお腹を押し上げるよう。
昨日あんなにいっぱい出したのに、また私の中を満たす。
あなたの顔が苦しそうにゆがんでいる。
徐々に顔がもとに戻る。
自分だけ終えたあなたが、私の上に崩れ落ちる。
荒い息が私の耳元を打つ。
「良かった?」
あなたの髪を撫でながら聞いた。
「う……うん……良かった……」
あなたは息を整わせながらうなずいた。
いつものあなたに戻った。
「ねえ……このまま一緒にいたい……」
「う、うん……」
「克典さんは私と一緒にいたくないの……?」
「なに言ってるんだよ、いたいに決まってるだろ?」
あなたは急に顔を上げる。
「今日は映画にでも行こうか?」
そう言って、体を離す。
あなたが私から抜け出た。
ベッドの端に腰を掛ける。
「うんん……今日はずっと一緒にこうしていたい……」
あなたの背中にしがみついた。
いいよね、もう、私もわがままを言って。
わがままを言った。
「一緒に暮らしたい……」
「それは、まだ……出来ないよ……」
あなたはティッシュペーパーで自分を拭き始めた。
拭き終わるとそれは大きな球になり、あなたはそれをゴミ箱に放り投げた。
「まだ? じゃあ、いつ?」
「近いうち必ず、離婚するって、言ってるだろ? 俺の言うことを信じられないのか?」
「せめて、いつ、か教えて……」
「近いうちだよ。今、子供のこともいろいろあって、忙しいんだ……」
あなたはワイシャツを羽織った。
「もっと大人だと思っていたよ。俺の事情も考えずに、樹里がそんなわがままを言うとは思わなかった……。今日はもう帰るよ」
一番聞いて欲しかった私のわがままは、あなたに聞いてもらえなかった。
あなたは、靴下を吐き終わると、ドアに向かった。
ドアが開き、閉まる。
床の上の、あなたが忘れていったネクタイを見つめた。
わたしのわがまま……。
じゃあ、あなたのわがままは?
今気づいた。
私は、あなたのわがままを、はじめからずっと聞いていたことに……。
立ち上がると、ソファから開いた雑誌を拾いあげ、ごみ箱に捨てた。
ごみ箱からムッとするあなたの匂いが舞い上がった。
完
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